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金沢地方裁判所 昭和34年(む)296号 判決

被告人 池田重雄

決  定

(被告人氏名略)

右の者に対する金沢簡易裁判所昭和三十四年(ろ)第八九号窃盗未遂被告事件について、昭和三十四年八月二十五日同庁裁判官塚本一夫がなした保釈許可の裁判に対し、金沢区検察庁検察官坂本敏英から準抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

原決定を取消す。

本件保釈の請求を却下する。

理由

本件準抗告の理由は別紙金沢区検察庁副検事坂本敏英の準抗告申立書記載のとおりであるからここにこれを引用する。

一件記録によると、被告人は、はじめ昭和三十四年七月三十一日、「同年同月二十九日午前三時二十五分頃、日本国有鉄道北陸本線今庄、武生間を進行中の大阪発青森行下り急行第五百一列車(日本海号)二等寝台車内第十九号寝台前において、乗客伊藤進之助が同寝台横ハンガーに掛けて置いた同人の開襟シヤツ右ポケツトに右手指を差し入れ、同人所有にかかる在中物を窃取しようとしたが、たまたま車内巡視中の鉄道公安職員に発見されたため、その目的を遂げなかつた。」との被疑事実にもとずき、刑事訴訟法第六十条第二号、第三号に該当するものとして勾留状の執行を受け(勾留請求の日は右執行の日と同日である。)、更に同年八月八日右勾留期間を十日間延長されていたところ、同年同月十二日右勾留の基礎となつた被疑事実と同一の事実をもつて金沢簡易裁判所に公訴を提起され、第一回公判期日を来たる九月二十三日と指定されているものであるが昭和三十四年八月二十二日弁護人重山徳好において、保釈の請求をなしたので、同年同月二十五日同庁所属の裁判官塚本一夫が保釈金額を七万円とする等の条件を付して保釈許可の決定をなしたことが認められる。

そこで、まず本件がいわゆる必要的保釈に該当する場合であるか否かについて検討するに、検察官提出の資料によると、被告人は既に(一)昭和二十三年四月十三日福岡簡易裁判所で窃盗罪により懲役一年に処せられ、(二)同二十四年七月二十七日同簡易裁判所で窃盗罪により懲役三月に処せられ、(三)同三十年四月七日岡山簡易裁判所で窃盗罪により懲役一年に処せられ、(四)同年十二月二十七日浜松簡易裁判所で窃盗罪により懲役一年三月に処せられ、更に、(五)同三十三年五月三十一日新宿区検察庁で窃盗被疑事件につき起訴猶予処分を受けていること、殊に右(三)及び(四)の犯罪事実中には三回にわたつて本件公訴事実と同種である列車内のすり行為を含んでいることをそれぞれ窺い知ることができる。そして、本件窃盗未遂の公訴事実を、以上の各窃盗の事実及びその犯行日時の間隔等に対比して検討してみるときは被告人は窃盗(すり行為)の常習性を有するものというべきであり、本件窃盗未遂行為も右習性の発現として行われたものと認めるのが相当であつて、被告人は常習として、本件犯罪を犯したものと言うほかない。

そうだとすると、本件は刑事訴訟法第八十九条第三号にいう「常習として長期三年以上の懲役にあたる罪を犯した」場合に該当することが明らかであるから、同条所定のいわゆる必要的保釈の場合に当らないと言うべきである。

次にすゝんで、裁量により保釈を認めるべきか否かについて案ずるに、検察官提出の資料により、本件犯行の態様とその悪性の程度、犯行前後の諸情況並びに被告人が前記(三)の窃盗被告事件の係属中(上訴中であつた)、右第一審判決言渡後僅か六ヶ月を出でずして二回にわたり窃盗を敢えてしたため、前記(四)の被告事件となつた事実等を併わせ考えると、被告人の拘束を解いた場合、たとえその際被告人に法定その他の条件を付したとしても(原決定によると、被告人の制限住居を重山弁護人方と指定しており、間接に同弁護人の誠意の程を察知することはできるのであるが)この種再犯の虞れがないとは必らずしも言い難いものがある。以上のほか、被告人の現在の生活環境その他諸般の情況を綜合して判断すると、本件は刑事訴訟法第九十条にいう保釈を許すに「適当な場合」とは到底解されない。また被告人が本件により勾留状の執行を受けたのは昭和三十四年七月三十一日であること前述のとおりであり、このことと本件捜査過程における諸般の事情をも考量するときは、同法第九十一条にいう「拘禁が不当に長くなつた場合」にも該当しないと考える。

以上のとおり、本件公訴事実は僅か一個であり且つ実被害がないにもかゝわらず、なお被告人に保釈を許すのは当を得ないものと言わざるを得ない。結局検察官の本件準抗告は爾余の判断をするまでもなく、その理由がある。

よつて、これと異つた判断をなした原決定を取消し、本件保釈の請求はこれを却下することとし、刑事訴訟法第四百三十二条、第四百二十六条第二項に従つて主文のとおり決定する。

(裁判官 岩崎善四郎 高橋和夫 畑郁夫)

(準抗告申立書省略)

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